暗号を破らずにパスキー認証を迂回する3つの新たな攻撃手法が判明
要点
- 暗号アルゴリズム自体を解読することなく、パスキーによる保護を迂回したり秘密鍵を復元したりする3つの独立した攻撃手法がセキュリティ研究者らによって明らかになった。
- セキュリティ企業SpecterOpsは、Windowsのログに残された認証署名を再利用することで、フィッシング耐性のある多要素認証(MFA)を突破してMicrosoft Entra IDの特権ユーザーになりすます攻撃手法を発表した。
- Palo Alto NetworksのUnit 42はGoogleパスワードマネージャーから同期パスキーの秘密鍵を復元する手法を、研究者のDirk-jan Mollema氏はサインイン済みセッションでWindows Hello for Businessのキーを悪用する手法を実証した。
- Microsoftはイベントログの情報漏洩に関する脆弱性「CVE-2026-34348」への修正プログラムや、Entra側での緩和策を適用したと説明している。
リード文
複数のセキュリティ研究チームが、従来のパスワードに代わる強固な認証手段として普及が進むパスキー(公開鍵暗号技術を用いてパスワードを使わずにログインを行う仕組み)を標的とした新たな攻撃手法を相次いで公開した。これらの手法はいずれも基盤となる暗号数学を破るものではなく、OSのログ出力やクライアント側での認証情報の取り扱い、セッション管理の挙動を悪用して認証保護を無効化するものだという。2026年8月に開催されたセキュリティカンファレンス「Black Hat USA 2026」での発表をはじめ、独立した3つの研究結果からその詳細が判明した。
3つの異なるアプローチで実証されたパスキー攻撃
パスキーは、再利用可能なパスワードの排除とフィッシング攻撃への耐性を目的に設計されている。しかし、今回報告された3つの研究は、暗号解読を行わずに認証の安全性を突破できる経路が存在することを示している。
3つの研究内容はそれぞれ影響範囲やアプローチが異なっている。
1つ目は、SpecterOps社が示したWindowsとMicrosoft Entra ID(旧称Azure AD、マイクロソフトのクラウド型ID・アクセス管理サービス)の連携における攻撃チェーンである。署名済みの認証データを再利用することで、フィッシング耐性MFAのポリシーが設定されている環境下でも特権ユーザーへのなりすましを可能にした。
2つ目は、Palo Alto Networksの脅威インテリジェンスチーム「Unit 42」による研究で、Chromeに統合されたGoogleパスワードマネージャーを標的とし、被害者のクラウド同期されたパスキーから秘密鍵自体を復元する攻撃経路を実証した。
3つ目は、独立系セキュリティ研究者のDirk-jan Mollema氏による検証で、侵害されたユーザーセッション上で動作するマルウェアが、PIN入力や生体認証の再確認を要求されることなく、ハードウェアにバインドされたWindows Hello for Businessの認証キーを利用できることを明らかにした。
Windowsのログ露出とEntra IDを悪用したなりすまし(SpecterOps)
SpecterOpsのプリンシパルセキュリティリサーチャーであるMichael Grafnetter氏は、2026年8月5日のBlack Hat USA 2026において「Pass-the-Passkey」と題した研究を発表した。
同氏の説明によると、Windowsが過去のYubiKey(ハードウェア認証デバイス)による署名データを平文で保存しており、認証済みの非特権ユーザー(リモートユーザーを含む)がこれを読み取れる状態になっていたという。SpecterOpsは、この露出した署名とMicrosoft Entra ID側のパスキー検証処理における弱点を組み合わせることで、フィッシング耐性MFAが義務付けられている場合でも特権ユーザーになりすます攻撃チェーンを構築した。
この攻撃チェーンにおいて、攻撃者はYubiKeyなどの物理的な認証器から秘密鍵を直接抜き取る必要はない。Windowsが保持していた生成済みの署名データを取得し、Entra IDのリプレイ検証をすり抜けて再利用する仕組みとなっている。
このWindows側の問題は「CVE-2026-34348」として追跡されている。これはWindows Event Logging Serviceにおける情報漏洩の脆弱性であり、ベンダ評価によるCVSSスコアは6.5とされている。影響を受ける対象にはWindows 10、Windows 11、Windows Serverが含まれる。
同期パスキーの復元とWindows Helloキーの不正利用
他の2つの研究でも、異なるレイヤーでの攻撃可能性が示されている。
Unit 42の研究では、被害者のPCに侵入したマルウェアがGoogleパスワードマネージャーの仕組みを悪用し、クラウド経由で同期されているパスキーの秘密鍵を抽出・復元できる経路が確認された。これにより、同期型パスキーにおけるエンドポイントの保護が破られた際のリスクが示された形となった。
また、Dirk-jan Mollema氏の研究では、デバイスに紐付くハードウェア保護されたWindows Hello for Businessキーであっても、すでにユーザーがサインインしている状態であれば、追加の生体認証やPIN入力を求められることなくマルウェアから鍵操作が実行可能であることが判明した。
これらの研究結果は、クラウド同期型パスキーと単一デバイス固定型パスキーのどちらを採用している場合であっても、エンドポイントが侵害された際の攻撃対象領域を単独で完全に排除することは難しい実態を示している。
ベンダーの対応と現状
Microsoftは今回の脆弱性報告を受け、2026年7月のWindowsセキュリティ更新プログラムを提供した。SpecterOpsはThe Hacker Newsに対し、7月の更新プログラムによってイベントログに書き込まれるWebAuthn(Web認証規格)アサーションがリプレイ攻撃に使えないよう修正されたため、WindowsからEntra IDに至る一連の攻撃チェーンは遮断されたとの見解を示している。
Microsoftの広報担当者はThe Hacker Newsの取材に対し、SpecterOpsによる協調的脆弱性開示に謝意を示した上で、報告されたパスキーリレーアサーションの問題に対して緩和策を適用したとコメントした。また、同社は最小権限アクセスの原則の採用、フィッシング耐性のある認証方法の利用、そしてゼロトラストセキュリティモデルに基づくエンドポイント保護の維持を推奨している。
なお、Microsoft Entraの移行ガイダンス(2026年8月3日更新)では依然としてパスキーをリプレイ攻撃に耐性があるものとして説明している。CVE-2026-34348の公開アドバイザリではWindows Event Logging Serviceの修正に焦点が当てられており、Entra側で適用された個別の緩和策の技術的詳細や範囲については公表されていない。SpecterOpsの研究者らは、Entra側においてWebAuthnの処理に依然としてJSON Web Tokens(JWT)が使用されている点などを挙げつつ、今後の実装動向を注視している。