ビデオケーブルの電磁波で隔離されたPCからデータ窃取、最大8.1Mbpsの新手法「TrojPix」が発表
要点
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中国・山東大学の研究チームが、ネットワークから隔離されたシステムからビデオケーブルの電磁放射を利用してデータを盗み出す新たな攻撃手法「TrojPix」を発表した。
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画面上のピクセルを目に見えない方法で微調整することで電磁波を発生させ、最大8.1 Mbpsのデータ転送速度、または最大208メートルの送信距離を個別に達成した。
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実行にはシステム管理者権限や物理的なハードウェアの改造は不要で、画面描画ができるユーザー権限のマルウェアがあれば作動する。
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画面を消灯した状態に見せるか、通常の画面表示の中に信号を隠すことで、攻撃を視覚的に隠蔽できる。
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電磁波の放射自体を防ぐ修正パッチはないため、光ファイバーケーブルの使用や物理的なシールド、マルウェアの侵入防止が対策となる。
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ネットワークから物理的に隔離された「エアギャップ」環境にあるコンピュータから、ディスプレイケーブルが発生させる微弱な電磁波を利用して高速にデータを盗み出す新たな攻撃手法が判明した。中国・山東大学の研究チームが開発したこの手法は「TrojPix」と名付けられ、2026年7月にセキュリティ情報サイト「The Hacker News」などの報道を通じて明らかにされた。
隔離されたシステムを狙う「エアギャップ攻撃」と新たなアプローチ
エアギャップ(インターネットや組織内ネットワークから物理的に遮断され、完全に隔離された状態)にあるシステムは、機密性の高いデータを扱うために用いられる。こうしたシステムからの情報窃取を狙う「エアギャップ攻撃」は、通常、データの転送速度が非常に遅いことが課題とされてきた。しかし、今回発表されたTrojPixは、これまでとは比較にならないほどの高速なデータ転送を実現している。
研究チームによると、TrojPixは「非感知ピクセル変調(imperceptible pixel modulation)」と呼ばれる技術を利用する。これは、画面上に表示されるピクセルの色や明るさを、人間の目には認識できない極めて微細なレベルで調整する手法だ。この微調整によって、ディスプレイとコンピュータ本体を接続するビデオケーブル内を流れる映像信号の電気特性が変化し、ケーブル自体がアンテナのように機能してかすかな無線信号(電磁波)を周囲に放射する。この放射された電磁波を近くに配置した受信機でキャッチし、デコード(符号化されたデータを復元すること)することで、データを外部に持ち出す仕組みである。
圧倒的な転送速度と実証結果
TrojPixの最大の特徴は、そのデータ転送速度(スループット)の速さにある。研究チームが実施した個別のテストにおいて、TrojPixは最大8.1 Mbps(メガビット/秒)のデータ転送速度を記録した。これは毎秒約1メガバイトのデータが移動できることを意味し、約100メガバイトのファイルであれば2分未満で送信を完了させることができる。
従来のエアギャップ攻撃手法の多くは、データの送信速度が毎秒数ビットから数キロビット程度と極めて低速であり、パスワードなどの短いテキストデータを盗み出すのが限界だった。しかし、TrojPixの速度性能であれば、まとまったサイズのファイルを丸ごと外部へ送信することが現実的になる。
また、もう一つの個別テストでは、送信距離が最大208メートルに達することが実証された。ただし、研究チームは、この「8.1 Mbpsの高速転送」と「208メートルの長距離送信」はそれぞれ異なる条件下で測定されたものであり、同時に両立する数値ではないと説明している。実際の運用環境においては、周囲の壁や遮蔽物、電磁ノイズなどの影響を受けるため、有効な受信距離や速度は低下すると考えられる。
管理者権限もハードウェアの改造も不要
TrojPixのもう一つの脅威は、実行時にシステム管理者権限(特権)を必要としない点だ。また、コンピュータ本体やビデオケーブルに物理的な改造を加える必要もない。ユーザーレベルで動作する、画面描画が可能なマルウェアがターゲットのPCにインストールされていれば、この攻撃を実行できるという。
攻撃を隠蔽するための手法として、研究チームは2つのアプローチを提示している。
1つ目は、ディスプレイの電源が切れているように見せかける手法だ。実際には画面を暗くした状態で映像信号を送り続け、電磁波を放射させる。
2つ目は、通常表示されている画面コンテンツの中に信号を埋め込む手法である。ユーザーが普段通りにパソコンを使用している状態でも、表示画面のピクセルが微調整され、バックグラウンドで密かにデータを送信し続ける。
この実証実験は、特定のモニターやケーブルに依存するものではない。研究チームは、9つの異なるモニターブランドと15種類のビデオケーブルを用いてテストを行い、幅広い環境で動作することを確認している。
歴史的背景と研究の位置づけ
ビデオケーブルから漏洩する電磁波を情報収集に利用するアイデア自体は、決して新しいものではない。これは、数十年前から軍事や政府機関で研究されてきた不要電磁波からの情報漏洩に関する技術基準「TEMPEST(テンペスト)」に端を発する。
近年の類似研究としては、2025年に発表された「TEMPEST-LoRa」がある。この手法では、同様の仕組みを用いて市販のLoRa(低消費電力で長距離通信が可能な無線規格)受信機に向けてデータを送信した。しかし、TEMPEST-LoRaの最大速度は21.6 kbps(キロビット/秒)、最大送信距離は87.5メートルにとどまっており、TrojPixの記録したスループットはこれを数百倍上回る。ただし、両者は使用している受信機の種類や実験条件が異なるため、単純な比較はできない。
また、ディスプレイを利用した他のエアギャップ攻撃としては、2024年に報道された「PIXHELL」がある。PIXHELLは、画面の表示周波数を制御してディスプレイ自体から音波を発生させ、データを盗み出す手法だった。さらに、ネットワーク用の有線通信規格であるイーサネット端子に微小なハードウェアインプラント(不正なデータ送信などの目的で機器の内部に取り付けられる超小型のハードウェア部品)を取り付けてデータを引き出す手法も研究されているが、TrojPixはこのような物理的な変更を一切必要としない点が異なる。
なお、これらの電磁波を利用したエアギャップ攻撃は、現時点ではあくまで実験室(ラボ)における研究段階である。これまでに現実のサイバー空間で検出されたStuxnet(スタックスネット)やAgent.BTZなどのエアギャップ突破事例は、いずれもUSBドライブなどの物理メディアを介したものであり、電磁波放射を利用した攻撃が実際に悪用された事例は確認されていない。
現実的な防衛策
この攻撃が利用する電磁放射は物理的な現象であるため、ソフトウェアのプログラム修正(パッチ)だけで放射そのものを防ぐことはできない。そのため、対策は物理的かつ予防的なアプローチに限られる。
研究チームおよび専門家は、具体的な防衛策として以下を推奨している。
まず、信号を放射しやすい銅線ケーブルの代わりに、光信号で映像を伝送し電磁放射が一切発生しない「光ファイバーケーブル」を使用することだ。また、極めて重要なデータを扱う部屋やケーブルに対しては、電磁シールドを施す(TEMPEST規格の施設で行われているような物理的な遮蔽)ことも有効である。
そして最も重要となるのは、そもそもシステムにマルウェアを侵入させないという基本の徹底である。TrojPixはあくまで侵入済みのマルウェアがデータを外へ送信するための「出口(送信チャネル)」として機能するものであるため、システムへの最初の足がかりを許さなければ、この高速な漏洩チャネルが機能することはない。