NVIDIA、「BioNeMo Agent Toolkit」による生体分子構造予測のエンドツーエンド高速化を発表
要点
- NVIDIAは、AIエージェントによる生体分子構造予測および共同折り畳み(co-folding)のワークフロー全体を劇的に高速化する開発成果を発表した。
- GPU対応の「MMseqs2-GPU」を用いることで、従来のCPUを用いた配列検索処理と比較してアライメント生成が最大177倍高速化される。
- 新ライブラリ「cuEquivariance」と「OpenFold3 NIM」の組み合わせにより、単一のB300 GPUで最大6,400トークンの配列処理と、予測計算の最大3倍の高速化を達成した。
- 複数GPUでメモリを分散する並列技術「Fold-CP」により、64基のB300 GPUを用いて最大32,000トークンの巨大な分子複合体の予測が可能になった。
米NVIDIAは2026年7月10日(現地時間)、生体分子の構造予測および共同折り畳み(co-folding)の処理能力をエンドツーエンドで高速化する「BioNeMo Agent Toolkit」の最新情報を自社のテクニカルブログで公開した。同社は、GPUによる複数配列アライメント(MSA)生成、最適化された推論エンジン、および複数GPUによる分散処理技術の組み合わせにより、創薬やタンパク質設計におけるAIエージェントの処理能力を飛躍的に向上させたという。これにより、従来は計算能力やメモリの制限から困難だった大規模な分子複合体の解析が現実的な時間で実行可能になる。
創薬ワークロードにおけるスピードとメモリの重要性
現在、OpenFold3などのモデルを用いた生体分子の構造予測や共同折り畳みは、創薬やタンパク質設計を支える大規模な主要ワークロードとなっており、AIエージェントによって自動で実行されるケースが増えている。エージェントがこの一連の処理(パイプライン)を効率的に実行するためには、MSA生成、共同折り畳み推論、サービング、そしてマルチGPUによるスケールアウトといったすべてのステップが高速かつスケーラブルである必要がある。どこか一箇所でもボトルネックが存在すれば、システム全体の処理能力が制限されてしまうためだ。
特に、数百万から数十億もの化合物を少数の標的タンパク質に対して評価する「仮想スクリーニング」において、速度とメモリ効率は決定的な意味を持つ。共同折り畳みモデルは優れた予測構造を提供するものの、実行コストが非常に高いため、これまでは仮想スクリーニングのような大規模な適用には実用的ではなかった。NVIDIAによる高速化技術は、大規模な化合物ライブラリに対してもこれらの手法を展開できるようにする。
また、複数のタンパク質や数千個のアミノ酸残基が関与する巨大な分子複合体の予測においても、実行時間がアミノ酸残基数の3乗に比例して増加するため、高速化は不可欠である。しかし、それ以上に大きな課題となるのがメモリの使用量だ。単一のGPUが搭載するメモリ容量には限界があるため、これが一度に予測できる複合体のサイズに対する物理的な上限となっていた。メモリ要件を削減し、予測タスクを複数のGPUに効率的に分散する手法が求められていた。
MSA生成のボトルネックを解消する「MMseqs2-GPU」
構造予測の最初の一歩であるMSA(複数配列アライメント:複数の生物学的配列を比較して類似領域を特定する手法)の構築は、従来はCPUの処理能力に依存するステップであり、全体の実行時間の大半を占める最大のボトルネックとなっていた。
NVIDIAは、配列検索ツールである「MMseqs2」のGPU版(MMseqs2-GPU)を導入し、このボトルネックを解消した。最新バージョンでは、同社のHopperおよびBlackwellアーキテクチャに特化した最適化が行われている。これには、NVIDIA Graceシステム上でGPUメモリの容量を超えるデータベースを効率的に検索する機能や、CUDA 13.2から利用可能になったBlackwellのDPX命令(動的計画法の計算を高速化する専用の命令群)を活用したさらなる速度向上が含まれる。これらのGPU向け開発の成果は、オープンソースのMMseqs2のメインリポジトリに還元(アップストリーム)されている。
この技術を採用した「MSA Search NIM」(NVIDIAの推論用マイクロサービス)は、単一のL40S GPUにおいて、従来のCPUベースのツール「JackHMMER」と比較して最大177倍の高速アライメントを実現したことが学術誌『Nature Methods』の論文で報告されている。同社のベンチマーク測定では、この処理性能はH100やB300 GPUにおいて、10,000トークンを超える配列長に達してもスムーズにスケールすることが示されている。
cuEquivarianceとOpenFold3 NIMによる推論の最適化
NVIDIAは、共同折り畳みモデルの推論処理自体にも強力な最適化を施している。まず、新たなライブラリ「cuEquivariance」を適用することで、OpenFold3のフォワードパス(順方向の計算処理)の実行時間を最大3倍短縮することに成功した。これにより、単一GPUで処理できる配列の長さ制限を約5,900トークンまで引き上げている。
さらに、最適化された推論環境である「OpenFold3 NIM」を使用することで、単一の最新GPU「B300」上で最大6,400トークンもの配列処理を達成した。
Fold-CPによるマルチGPUスケーリングと巨大複合体の予測
さらに巨大な分子複合体の予測に向けて、NVIDIAは「Fold-CP」と呼ばれるコンテキスト並列(Context-Parallel)推論技術を導入した。Fold-CPは、巨大な複合体の予測タスクを複数のGPUへ効率的に分散して処理する技術である。
これにより、GPU 1基あたりのメモリ要件を「O(N/P)」(Nは配列の長さ、Pは並列処理を行うGPUの数)へと削減する。メモリ使用量がGPUの数に反比例して抑えられるため、単一GPUのメモリ制限という物理的な壁を突破することができる。
この結果、例えば64基のB300 GPUを連結させることで、最大32,000トークンに及ぶ超巨大な分子組み立て体のモデリングが可能となった。これは、リボソーム(細胞内でタンパク質を合成する巨大な分子複合体)規模の巨大な分子複合体など、これまでの計算環境ではメモリ不足で処理することすら叶わなかった、構造生物学における極めて困難な問題に対する予測アプローチを可能にするものである。
補足
今回発表された一連の高速化コンポーネントは、すべて「NVIDIA BioNeMo Agent Toolkit」内に統合されており、AIエージェントからシームレスに利用可能となっている。これにより、AIを用いた創薬パイプライン全体の自律的な実行とスケーラビリティの向上が期待される。