NVIDIA、生体分子の構造予測を高速化する「BioNeMo Inference Runtime」を発表 H100環境で約2.9倍のスループットを達成
要点
- NVIDIAは、GPU上で生体分子の立体構造予測モデルを高速に実行する推論ランタイム「BioNeMo Inference Runtime(BioIR)」の技術詳細を公開した。
- 8基のNVIDIA H100 GPUを用いた検証において、オープンソース実装と比較して残基正規化スループットで約2.90倍の高速化を達成した。
- 100万件のターゲットを予測する際に必要な推計電力消費量を、従来の35MWhから11MWhへと大幅に低減できるとしている。
- 入力データの処理から構造ファイルの出力までを一括処理するプロセッサと、PyTorchモジュールへの直接統合という2通りの利用形態を提供する。
- 4,777種類のプロテオームを対象とした「AlphaFold Database」の大規模拡張など、すでに実際の研究基盤で利用されている。
NVIDIAは2026年9月10日、同社の技術ブログにて、生体分子の構造予測モデルをGPU上で高速に実行するためのランタイム「BioNeMo Inference Runtime(以下、BioIR)」の技術概要と性能検証結果を公開した。PyTorchの標準的なワークフローを維持しながら、GPUリソースを最大限に引き出す最適化が施されており、網羅的な生体分子解析における処理能力の向上と消費電力の削減を両立するという。
3層の最適化でスループットを向上
近年、生体分子の立体構造予測は、生物が持つ全タンパク質群を網羅的に解析するプロテオーム規模で行われることが増えており、膨大なリストをいかに効率よく処理するかが課題となっている。BioIRは、こうした大規模推論においてスループットを高めるため、以下の3つのレイヤーで最適化を行っている。
- カーネルの選定: 最適化された専用カーネル(GPU上で実行される処理の最小単位)を用いて計算効率を向上させる。
- モジュール最適化: 複数のGPU処理を事前に一括定義してオーバーヘッドを抑える「CUDA Graph」を活用し、モデルの実行を加速する。
- Rayによるパイプライン並列化: 分散処理フレームワーク「Ray」を用いて単一ノード内の各GPUにモデルの完全なレプリカ(複製)を配置し、CPUによる前処理・後処理とGPUによる折りたたみ(構造予測)計算を重ね合わせて実行する。
これらのアプローチにより、処理全体のボトルネックを解消しているという。
H100環境で従来比2.9倍の性能と消費電力の削減
同社が公開したベンチマークテストでは、8基のNVIDIA H100 GPUを搭載したノードを用い、構造予測モデル「Boltz-2」を用いて1,000件のヒト二量体ターゲットの処理性能を比較した。
その結果、torch.compileを適用した公開オープンソース実装では、割り当てられた1 GPU時間あたりに正常に折りたたまれた残基(タンパク質を構成するアミノ酸の各単位)数が2万200個であったのに対し、BioIRで高速化したBoltz-2では5万8,500個に達した。これにより、残基数で正規化したスループットにおいて約2.90倍の性能向上が確認されたとしている。
また、エネルギー効率の面でも大きな改善が見られる。同等条件で100万件のターゲットを構造予測する場合に必要な電力量(8基のGPUにおける熱設計電力相当)は、公開実装の35MWhに対し、BioIRでは11MWhで済むと推計されており、消費電力を大幅に抑えられると説明している。
2つの利用形態とパイプライン
BioIRは、用途に応じて2つの形態で利用できる。
ひとつは「エンドツーエンドプロセッサ」で、入力リクエストのパース(構文解析)、トークン化、特徴量生成、GPU推論、そして生体分子の立体構造を記録する標準形式であるPDB形式またはmmCIF形式でのファイル出力までをパイプラインとして一括処理する。このプロセッサはリガンド(受容体と特異的に結合する分子)の立体構造予測に対応しているが、リガンドの結合親和性(アフィニティ)予測には対応していない。
もうひとつは「直接的なPyTorch統合」であり、PyTorchの標準的なモデルクラス(torch.nn.Module)としてモデルを構築したり、独自のコード内で特定のモジュールを再利用したりすることが可能となっている。
大規模データベースでの先行活用と動作要件
BioIRはすでに実環境での大規模解析に採用されている。約4,777種類のプロテオームにまたがる約3,100万件の複合体候補を生成し、そのうち181万件が高信頼度の予測として公開された「AlphaFold Database(AFDB)」の拡張プロジェクトにおいても、生成処理の高速化に貢献したという。
動作要件としては、Python 3.12以降、対応するNVIDIA GPUおよびドライバが必要となる。提供されるwheelパッケージには事前コンパイル済みのバイナリが含まれているため、実行時にnvccやCUDAソースコード、CMake、CUDA Toolkitなどのビルド環境を用意する必要はない。
なお、タンパク質鎖の予測には多重配列アライメント情報(A3M形式のMSA)が必要となるほか、BioIR自体には相同性検索ツール(HHsearchやHMMsearch)が含まれていないため、テンプレート情報を利用する場合はユーザー側で別途提供する必要があるとしている。